キャズム
社会人になってからずっと自分のこころを捉えて離さない概念。 ジェフリー・ムーアのキャズム理論。その前身のイノベーター理論も含めて頭の片隅にいつも待機している。

この図は新しいプロダクトやビジネスが市場に普及していくときの、顧客層の違いを統計的に表したものだ。新しいものに飛び付くイノベーターから始まり、先進的な益を求めるアーリー・アダプター、世の中の動きに敏感だが安全を好むアーリー・マジョリティ。ここまで来ると市場が拓けるという理論。
この話はロジャースが提唱したイノベーター理論そのもの。ジェフリー・ムーアはアーリー・アダプターとアーリー・マジョリティの間に深い溝があることを発見し提唱した。実際、ビジネスをやっているとそのジレンマに気づくことがある。
この図を学んだのは、「開発SE」という名のプロダクトマネジャー時代に若い製品を担当したことによる。当時はまだプロダクトマネジャーなるロールはなかったのだ。
担当していたのは特殊業界のBPRパッケージ。その中の比較的新しい総務事務系のパッケージを開発していた。今では当たり前の製品だが、当時その市場ではまだ新しかった。ゆえに、他社も含めてそんなに売れていなかった。つまり、私たちのみならず業界全体がそのカテゴリでアーリー・マジョリティの攻略に苦戦していたのだった。
その後の仕事人生において、このときの経験は筆舌に尽くしがたいほど重要なものとなった。 結果的に、そのプロダクトのカテゴリはキャズムを超え、重要なポジションを占めることになった。ただ、そうなったのは自分がその職場を去った後。アーリー・マジョリティに入って安定してきたところで何となく自分の仕事が終わった気がして、社内転職をしたのだった。
この経験と密接に癒着しているキャズム理論。興味を持った直接のきっかけはビジネスの現場だったが、実はずっと前から「ここで言われているテーマ」そのものに関心があった。
時は1980年代にさかのぼる。当時小学生だった私はパソコン少年だった。ただ、それはあこがれを持っていたというのが正しい表現だろう。とにかく色とりどりの8ビットパソコンの世界観と可能性にウキウキしていたのだ。
そして、父と兄が持っていた「よいパソコン・悪いパソコン」を読むようになった。そこには、かのPC-8801だけでなく、FM-77、X1など面白そうなマシンがたくさん載っていたのだった。私はどちらかというとマイナーなマシンが好きだった。レビューを読めばいかに素晴らしいかが分かったし、何となくかっこよく感じたからだ。
しかし、市場原理というものは正直で、ソフトウェア資産で圧倒するNECの独壇場だった。なぜ良いモノが売れないのか?という疑問はここから始まったのだった。良いモノ。よさそうなもの。それが市場に普及するとは限らない。ベータ vs VHSだってそうだ。あるいは、セガ・マークIIIもそれかもしれない。
つまり、自分がいいなと思うものはたいていマイナーなもので、それがスペック的によかったとしても市場で勝てないのはなぜだろうかという疑問を幼いころから持っていたのだった。そんなことを忘れた社会人3年目、プロダクトマネジャーとなって再びこの問いと対峙することになった。これを好機と考えて本屋を漁り発見したのがキャズムだった。
さて、この理論を収めた引き出しのボタンは、どういったときに発火するのだろう。頻度は高くないが、次のようなときだ。
商品やプロダクトの開発に絡む仕事をしているとき。あるいは、そうしたR&D・企画をしているリーダーから何らかの相談を受けたとき。無意識にこの図が頭に浮かび、どのコンテクストの話なのかを探っている。
組織の中で新しい施策を打つ、という議論をしているとき。それが組織にとって一番風呂なのかどうか。
会社の文化の課題や事業のライフサイクルを思わせる会話をしているとき。その会社そのものがどのようなライフサイクルにあるのかという疑問。これは正確にはキャズム理論でないが、ライフサイクルを意識できれば十分だ。
そして、以上のようなシチュエーションにおいて、コンテクストがキャズム理論のどの位置にいるかという問い自体が有効か無効かを観察する。時に、こうした視点が全く不要な場合もあるのだ。それは組織政治の話だったり、会社間の機微な関係だったりする。
こうして振り返ってみると、ビジネス経験の初期段階で出合っただけあって、キャズム理論は自分によくなじんでいる。一言で言えば時間への意識であり、諸行無常なものを感じさせるものだ。