プロセスコンサルテーションに至るまで
今の私の仕事にもっとも大きな影響を与えた考え方の一つに、「プロセスコンサルテーション」がある。組織心理学者のエドガー・H・シャインが提唱した組織開発(OD)における支援の考え方だ。外部から一方的に組織診断や解決策を提供するのではなく、クライアント自身が問題解決をできるようになるために、そのプロセスを支援するアプローチ。
この考え方に出会ったのは、富士通の中でピープルアナリティクスチームを立ち上げたときだった。これをチームに取り入れた方がいいと考えて…ということではなく、悩みに悩んで模索した結果、偶然たどり着いたというのが正直なところだった。
しかし、その悩みの末の発見は、結果的に私の40代を大きく変えることになった。この記事ではその時のことを振り返ってみる。
マネジャーとしてHRテクノロジーの新規プロダクトの立ち上げに挫折した後、紆余曲折を経てピープルアナリティクスチームを作ることになった。社内実践をしながら次のプロダクトのネタを考えるという活動だった。2018年から2019年にかけての頃だ。
当時、HR向けのあるMVPを抱え、リーンスタートアップ的に顧客開発を行っていた。都内を中心に全国100程度の見込み顧客(人事担当者)と会話することができたのだが、結果的には市場に出すことができないという判断となった。端的に言うと、それにお金を払おうという顧客は現れなかったのだ。
このような活動をしているときに、社内人事の上級幹部から声をかけられた。何か面白そうなことをやってるねと。
そして、ミーティングの場を設けてお互いの仕事を紹介したのだが、そこで「君、気に入ったよ。この後暇だよね。ピープルアナリティクスのミーティングに出ない?」とお誘いいただいた。
もちろん暇ではなく、その後に自組織内の打ち合わせが予定されていたのだが、これは何かありそうだと思って先約をドタキャンして、彼についていくことにした。これが私がピープルアナリティクスをやるようになったきっかけである。
そして、そのミーティングの場に足を踏み入れてみると、複数の人事担当者、管理職に加えてHR系の著名なコンサルタントがいらっしゃった。そして、件の上級幹部は私をこう紹介したのだった。
今日は、社内の素晴らしいデータサイエンティストを連れてきた。これから協力してくれることになるので、みんなよろしく。
このようにして、公式なのか非公式なのか分からない状況でスルリとピープルアナリティクスのプロジェクトに入ることになった。役割分担など不明確であり、組織も違うということで不安に感じつつも、これはやるべきだという直観に従うことにした。純粋な好奇心だった。
とはいえ、「支援をしてくれる技術者」としてプロジェクトに入ってみたものの、どうふるまってよいか正直わからなかった。議論の進め方や流れもつかめないし、私にどのような期待があるのかも読み取れなかった。ただ、時折技術的な質問がやってきて答える――そのようにしてホソボソと動いていた。
そんな風にしばらく動いていると、課題や問題設定などの上流部分で意見を求められるようになってきた。メンバーとして受け入れられつつあったということだが、ここからが難問だった。どうにも議論がかみ合わないのだ。
データ分析プロジェクトで重要なKPIや業務目的、あるいは、リサーチプロジェクトとしての論点・イシューについての話を出すと、場の温度が5℃くらい下がってしまう。人事以外の分野ではおおむねこうした話から入ることが多かったので、妙に思っていた。
また、私が出した論点が会議の最後の方に誰かの発言で復活してくるのも不思議だった。それなら会議の冒頭でアジェンダとして整理した方がいいじゃないかと思うのだが、それだとうまく行かないのも薄々気づいていた。しかし、どうしたらよいか正直わからなかった。

そこで、人事担当者が読む本を片っ端から読むことにした。労務管理やタレントマネジメントなどの基本的な本はすでに読んでいたのだが、それでは何かが足りないのだろう。そう思って、あらゆる本に手を出していった。
そんな中で一冊の本に出合った。「現実はいつも対話から生まれる」 という本だった。ケネス・J・ガーゲンらが書いた社会構成主義の本である。組織開発系の参考書として紹介されていた本だったのだが、タイトルに目が釘付けになった。なんだこれはと。ファクトはただそこにあるだけではないのか、と。
そこで早速本を買って読んでみると、それまでの人生で全く意識してこなかった世界観が展開されていた。著者のガーゲン曰く、
お互いにコミュニケーションを取るたびに、私たちは、この生きている世界を構成しているといえるのかもしれません。
私たちが「問題」として「構成」しているすべてのものを、「チャンス(機会)」として「再・構成」することはできないでしょうか?
組織の力は「個々のリーダー」の中ではなく「関係性」の中にあるという世界を構成することもできるのです。ここに、構成主義的考え方の膨大な可能性があります。
これらの提言はデータ分析や自然科学的な考え方とも異なるし、一般的なプロジェクトマネジメントの方法論とも異なる考え方で、腰を抜かすほどの衝撃を受けたのを覚えている。
社会構成主義とは「私たちが認識している現実や常識は、絶対的に存在するのではなく、人々の対話や相互作用を通じて作り上げられたものである」とする学術的な立場・考え方だ。
会社組織でいうと、組織を構成する人々が、日々の対話や関わり合いを通じて組織文化や課題を捉え直しながら現実を作っているという捉え方になる。つまり、組織の制度や構造だけでなく、人のふるまいや相互作用に着目する考え方であり、対話型組織開発の重要な背景の一つでもある。
この考え方に立って過去の私の言動を振り返ってみると、組織のハード的な側面や機械的なメカニズムしか見えていないように人事担当者の目に映っただろう。何よりも考え方が直線的にすぎた。これでは、自分のアプローチが刺さらないはずだ。
ここから、対話や組織開発への関心が高まり、様々な本を読んですっかり虜になってしまった。こんな世界があったのかと。これらの本で学んだことが多いのだが、象徴的な一節を引用してみる。
チェンジエージェントは、現状を正確に診断し問題を明確化するために存在しているのではない。彼らの重要な役割は、学習と即効性のための機会を作ることである。
(対話型組織開発,英治出版)
考えてみると、データ分析屋の仕事というのは、組織への介入に他ならない。組織の課題を発見し、解決のための意思決定を促す役割を担っているからだ。その意味で、データ分析チームやアナリストは、何らかの支援をするチェンジエージェントでもある。
そのとき、解くべき課題や分析すべきイシューというものを、はっきりと明文化することが仕事のスタートだと思っていた。逆に言うと、それを明文化できないのであれば、我々の出番はないとすら思っていたのだった。
しかし、人事領域や組織開発の現場ではこの考え方は通用しないばかりか、マイナスになることもある。少なくとも、人事担当者と目線が合わなくなってしまうだろう。そこに気づいたのだった。
では、どうやってデータ分析というロジカルな営みをもって、人や組織についての意味づけを避けて通れない人事の仕事に貢献すればいいのだろうか。この問いと向き合うべく、アドバイザリの方法を学び直すために手に取ったのが以下の2冊だ。
- プロセス・コンサルテーション,エドガー・H・シャイン
- プロフェッショナル・アドバイザー,デービッド・H・マイスター他
視点やアプローチは異なるものの、両方とも冒頭に述べたプロセスコンサルテーションを指南する本である。
これらの本を読んだからと言ってもすぐに何かが変わるわけではなかった。しかし、シャインの言う診断や専門知見の危険性を頭に思い浮かべて会議に臨むと、おのずと発言が少なくなった。
何かを言いたくなる衝動を抑えて、じっとその場を観察することに徹してみると、今まで見えていなかったものが少しずつ見えるようになった。
例えば、採用施策をデータから分析する場をサポートした場面。
人事担当者がデータを分析し、私は技術者としてコメントをする立場だった。ここでの論点は、採用のアセスメント方法を改善することだったが、問題は何をもって「良い採用」とするかという話だった。定着が問題なのか、職場マッチングを高めたいのかなどなど。本来であれば、その観点を決めてから分析方法を検討すべきだろうが、その会議ではなぜかそれには触れられずに話が進んでいった。
不思議に思いつつ「論点は…」という言葉を飲み込み、じっと観察していくと次第に話が変わっていった。いつの間にか採用の話はどこかに飛んでいき、配置や教育の話になった。そろそろ管理職が「論点がズレてる」というのではと思ったものの、何も起きず逆に話がどんどん展開していった。
そして、採用の課題とその他の課題が混ざり、最終的に採用を含むタレントの確保と育成の話に接続して会議が終了した。冒頭で私が示そうとしていた論点も、一巡りしていつのまにか戻ってきていたことにも驚いたものだ。
この場面から学んだことは非常に多かった。
第一に、HRのミーティングで取り上げる課題は採用、配置などのプロセスでぶつ切りにして議論できないことだった。人を育てる、あるいは、組織を良くすることにフォーカスすれば、おのずと論点は広がる。それを「採用の話だったでしょ」とコントロールするのはよくないのだ。
とはいえ、現実的に、HRの組織は機能別にチームや担当が分かれていることが多い。これは、ピープルアナリティクスを必要とするような組織規模になると顕著になる。ゆえに、各担当者の関心が採用や配置、育成といった担当業務に引き寄せられる。これが意見や論点の良い意味でのバイアスを生み、対話の幅を広げることになる。これが第二の学びだった。
そして第三の気づきは、会議に参加するメンバーやチーム全体が抱える文化や本音を引き出すには、ロジカルな会話の収束を目指し過ぎないことが大切だということだ。テーマを逸脱した話の展開を許容し、赴くままに様々な課題やアイデアを場に並べていくうちに、メンバーの本音に到達することができる。そして、それらが生まれてくる過程を観察して文化の輪郭が浮かび上がってくる。これは、しばしば技術者が求めるロジカルな議論の組み立て方と180度異なる方法だろう。
こうして、ピープルアナリティクスの現場に初めて足を踏み入れたときに感じた疑問を解消することができたのだった。この気づきをきっかけとして、本と実践の場を往復しながら、自然と傾聴や対話の方法を学んでいった。
40代にしてようやく人と人の関係性という社会・文化の根本にある領域に足を踏み入れたのだが、この学びがなかったら、今の私はどのようになっていたのだろうかと恐ろしくなってしまう。
振り返ってみると、私にとってプロセスコンサルテーションとは、コンサルティングの手法を一つ覚えたという話ではなかった。
問題を見つけ、構造化し、解決策を示すことが専門家の仕事だと思っていた私が、ときには分からないままその場に留まり、相手と一緒に何が起きているのかを探ることに大きな価値があることを知った。
その意味で、プロセスコンサルテーションに至る経験は、他者との関わり方を学び直す経験だったのだと思う。そして、この経験がなければ、コンサルタント・アドバイザーとして独立することもなかっただろう。